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札幌家庭裁判所 昭和61年(家イ)338号 審判

申立人 橋本綾子

上記法定代理人親権者母 橋本糸子

相手方 本多昇一

主文

申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことを確認する。

理由

1  本件調停委員会の調停において、当事者間に主文同旨の審判を受けることにつき合意が成立し、かつ、その原因事実についても争いがなかつた。

2  筆頭者本多昇一、同橋本糸子の各戸籍謄本、鑑定人高田信彦の鑑定の結果及び申立人法定代理人橋本糸子、相手方並びに参考人佐藤芳三に対する各審問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人法定代理人橋本糸子(以下、糸子という。)と相手方は昭和51年6月13日婚姻の届出をし、夫婦間には長男良司(昭和54年5月2日生)が出生している。

(2)  糸子は相手方と婚姻中の昭和58年3月13日申立人を分娩し、同月24日相手方は申立人を糸子と相手方との間の長女として出生の届出をした。

(3)  相手方は、糸子と同女の勤務先の会社の同僚である佐藤芳三との不貞関係を疑つていたこともあり、申立人が夫婦間の子であるかについては半信半疑であつたが、昭和58年12月ごろに至り糸子を問いつめたところ、糸子は申立人が相手方の子ではないことを認めた。

(4)  その後、夫婦仲は冷え、昭和60年9月25日糸子は上記2子を連れて相手方と別居し、昭和60年10月9日、糸子と相手方は2子の親権者を母である糸子と定めて協議離婚した。

(5)  当庁で実施した親子鑑定の結果によると、申立人と相手方との間には血液型検査において矛盾が認められ、父子関係は存在しないことが明らかとなつた。これに対して、申立人と佐藤芳三との間には、14種類の血液型検査によつても父子関係を否定すべき結果は出ず、父権肯定の確率は99.99パーセントであるというものであつた。

3  以上によれば、申立人は、母である糸子が相手方と婚姻中に懐胎分娩されたものであるから、民法772条を形式的に適用すれば、申立人は相手方の子としての推定を受けることとなり、その嫡出性を争うには、民法774条以下による一定の厳格な要件においてのみ認められる嫡出否認の訴(又は審判)によらざるをえないということになるが、本件においては、否認権を行使しうる夫たる相手方が申立人の出生を知つてから既に出訴期間である1年を経過しており、この間に相手方において上記法的手続をとらなかつたことは明らかであるから、上記規定の形式的適用からすれば、もはや相手方はもとより何人も申立人の嫡出性を争いえないこととなる。

しかしながら、申立人と相手方との間に親子としての血縁関係が存在しないことは、血液型検査によつて明白であり、このように科学的に親子としての血縁関係が全くないとされる場合においても、なお、法的には親子関係を擬制されるということになると、親子の情愛は血縁関係に由来するのが通常であるだけに、本件もそうであるが、場合によつては、その親子関係の当事者らに過酷な運命を強いることになりかねない。

そもそも婚姻中に妻が懐胎した子を夫婦間の子と推定し、その推定を覆えすには、一般の親子(父子)関係不存在確認の訴(又は審判)によることを許さず、否認権行使の主体と期間を限定した嫡出否認の訴(又は審判)によるべきこととした法の趣旨は、家庭内の秘事に第三者が立入ることを許さないためであり、また、早期に親子関係を確定することによつて身分関係の早期安定を図つたものであつて、主としては、当該親子関係の当事者の家庭の平和を保護することにあると解される(なお、身分関係の早期安定は、身分秩序からみた公的な要請でもあるが、本来は身分関係当事者の利益に関する事柄であり、早期に親子関係を確定することにより家庭の平和を図ろうとしたものと解される。)。そうとすれば、本件のように、夫婦が既に離婚し、保護すべき家庭の平和が存在しなくなつた場合にも、なお、形式的に嫡出推定及び否認の制度を適用して、不真実の親子関係を法的に強制するのは相当でなく、かかる場合には、上記法制度の適用の根拠を失つたものとして、一般の親子(父子)関係不存在確認の訴(又は審判)をもつて真実の親子関係を追及することが許されるものと解するのが相当である。

そうすると、申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことの確認を求める本件申立ては理由がある。

4  よつて、本件調停委員会を組織する家事調停委員両名の各意見を聴いたうえ、本件申立てを正当と認め、家事審判法23条により上記合意に相当する審判をする。

(家事審判官 岩井正子)

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